街森研究所

街や森で出会った木々や生き物、出来事などを紹介しています

奇妙な根が守る生態系 マングローブのヒルギ類


沖縄本島最大の慶佐次〈げさし〉のマングローブ林に見られるヤエヤマヒル


 南国の海は、白い砂とエメラルドグリーンのサンゴ礁ばかりではありません。川から土砂が流れ込み、茶色く濁った水と、べとべとの干潟が広がる海もあります。そんな海と川の境目に見られる林が、熱帯特有のマングローブです。
 初めてマングローブを見た人は、水中に根を下ろす木々の姿に驚くことでしょう。満潮時に水没し、干潮時に干潟になる場所(潮間帯〈ちょうかんたい〉)に育つので、水中でも酸素不足にならない仕組みや、ぬかるんだ湿地でも木が倒れない構造が必要になります。そのため、マングローブの木々は、独特の形をした根が発達するのです。
 ここで要注意ですが、「マングローブ」とは、特定の植物の名前ではなく、前述のような場所に成立した林や植物の総称です。東南アジアをはじめ、世界の熱帯地方に見られ、日本では沖縄から鹿児島の一部に点在します。マングローブを構成する植物は日本に10種弱あり、数的にはヒルギ科のヤエヤマヒルギ、オヒルギ、メヒルギの3種が大半です。種子は樹上で発根して海面に落ち、漂〈ただよ〉い着いた場所に根を下ろすため、漂木〈ひるぎ〉の名があります。


ヒルギの幼木。棒状の根を出した胎生種子は長さ約20cmあり、地面に突き刺さる(奄美大島


 これら3種は、根でも見分けることもできます。ヤエヤマヒルギはタコ足のような支柱根〈しちゅうこん〉を多数出し、オヒルギは膝を曲げたような膝根〈しっこん〉と呼ばれる呼吸根〈こきゅうこん〉を出し、メヒルギは根元に小さな板状の板根〈ばんこん〉ができます。


ヒルギの根。幹の根元に短い支柱根が出て、周囲の根が膝のように立ち上がる(沖縄本島金武町


 板根といえば、同じくマングローブ植物のサキシマスオウノキアオイ科)が有名です。高さ1mにもなるカーテンのような板根が発達し、先島〈さきしま〉諸島の西表島〈いりおもてじま〉では観光名所にもなっています。これも、干潟で巨体を支えるための工夫なのです。


サキシマスオウノキの板根。硬いゴム質で湿地に生えるものほど発達する(西表島


 マングローブでもう一つ驚かされるのは、そこに棲む個性的な生き物たちです。私の息子は「トントンミー見たい! マングローブ行こう」と言います。トントンミーとは沖縄の方言でトビハゼ(ミナミトビハゼ)のことで、カエルのように水際をトントン飛び跳ねるので、沖縄ではちょっとしたアイドル的存在です。他にも、大群でハサミを振るカニのシオマネキ、誰がこの山作ったの?と思うような高さ1mもの塚をつくるオキナワアナジャコ、幅10cmもある巨大シジミのシレナシジミなど、見慣れない生物が多数生息しています。


泥の上をはうミナミトビハゼ


 また、複雑に入り組んだヒルギ類の根は、稚魚のゆりかごとしての役割があり、これらの生き物を狙って大型魚や水鳥も集まり、豊かな生態系が成り立っています。2004年のスマトラ沖地震では、マングローブの林が津波の被害を軽減したことで、天然の防波堤としても注目されるようになりました。
 このようなマングローブも、開発や伐採によって世界的に消失が進んできました。そこには、私たち日本人の生活も関係しています。冷凍エビやバーベキュー用の炭を買う時、多くは熱帯のインドネシアやマレーシア、タイ産であることにお気づきでしょう。それは、マングローブを伐採して造られたエビ養殖場で育ち、マングローブの木から作られた木炭である場合が多く、それを最も多く輸入しているのが日本です。
 一方、近年はマングローブの植林も盛んになり、那覇市漫湖公園では、植林したマングローブが広がりすぎて、一部伐採するほど旺盛に育っています。自然のたくましさを教えてくれるのも、またマングローブの一面です。


※この文章は、いけばな小原流の会員誌『挿花』で2015年1〜12月に掲載した連載記事「亜熱帯の森から」を一部修正したものです。