街森研究所

街や森で出会った木々や生き物、出来事などを紹介しています

沖縄のビーチの名脇役・アダン


海辺に生えたアダン。葉が傷んでいるが台風にも強く、大きな葉は長さ1mに達する


 海岸の道端に車を停め、木陰を抜けたら、目の前に白いビーチが広がる……。南の島に訪れた人の多くが経験する感激の瞬間です。このシーンで、南国らしさを演出してくれる名脇役の「木陰」が、タコノキ科のアダン(阿檀)です。
 アダンは奄美大島や沖縄から東南アジアにかけての亜熱帯〜熱帯に分布する代表的な海岸植物で、波しぶきがかかる海岸最前線の砂地や岩場によく群生します。自然のビーチに行けば必ずといっていいほど見られ、台風の時は潮風を受け止める天然の防風林の役目も果たしています。
 外観はヤシに似ていますが、幹がやや地をはうように曲がり、所々から径10cm弱の気根を出し、いびつな樹形で樹高3〜5mになります。同じ仲間で小笠原に分布するタコノキは、幹が直立し、根元近くに気根を出すので、いかにもタコ足のように見えてユニークです。



果実はオレンジ色に熟し、いかにもパイナップルに似る


 アダンといえば、パイナップルに似た果実をぶら下げることで知られます。観光客がパイナップルの木と勘違いするのはよくある話ですが、本物のパイナップルは畑で栽培される高さ1m以下の草で、上向きに果実がつく別の植物です。
 そんなアダンの木に近づこうとすると、葉のふちや裏側、幹にたくさんの鋭いトゲがあることに気づくでしょう。こんなにトゲだらけの木が群生している訳ですから、アダンの林を人が通り抜けることはほぼ不可能です。
 ところが、アダンの林内を盛んに行き来する生き物がいます。ヤドカリです。アダンの木の下で耳を澄ませると、ガサ、ゴソ、と小さな音が聞こえてきます。ヤドカリ類はアダンの果実が大好物。熟して落ちた果実に、オカヤドカリをはじめ大小のヤドカリがよく集まり、夜には体長30cm前後にもなるヤシガニ(といってもヤドカリの仲間)もアダンの木に登って果実を食べます。



落下してばらけた果実をヤドカリが食べに来る


 発酵したアダンの果実は、フルーティーな甘い香りを漂わせ、ハナムグリやクワガタなどの昆虫も寄せ集めます。人間にとっても美味しそうに感じますが、かじっても堅い繊維ばかりで、残念ながらまともには食べられません。ただ、昔はその汁をおやつ代わりに吸ったといいますし、繊維の中にある種子を食用にする文化もあります。



葉はふちと裏に鋭いトゲがあるが、新芽の基部を食べる文化もある


 人間生活と関わりが深いのは、果実よりもむしろ丈夫な葉や繊維でしょう。沖縄でも古くから葉を乾燥させて、ゴザ、カゴ、草履、座布団などが作られたほか、気根の繊維からは縄や筆も作られました。昭和初期には、アダンの葉で作ったパナマ帽(本来はパナマソウで作る)がブームになり、海外に輸出するほどの一大産業に発展し、当時は沖縄県内のアダンがかなり減ったといわれます。しかし、化学繊維など代替品の登場により、現在はアダン製品を見る機会はすっかり減り、帽子作りの職人さんもごくわずかになってしまったそうです。

 そんな中、今も昔も親しまれているのは、アダンの葉で作った風車でしょうか。葉のトゲをナイフなどで取り、半分に裂いたものを組み合わせて作ります。沖縄では風車を「カジマヤー」と呼び、昔ながらのおもちゃとして今も子どもたちに伝承されています。また、97歳を迎えると童心に戻るといわれ、風車を持たせてパレードし、長寿を祝う風習もあります。
 時代は変わっても、アダンは沖縄の原風景であることには変わりないようです



アダンの葉で作ったカジマヤー(風車)。沖縄の昔遊びでよく見かける



※この文章は、いけばな小原流の会員誌『挿花』で2015年1〜12月に掲載した連載記事「亜熱帯の森から」を一部修正したものです。