街森研究所

街や森で出会った木々や生き物、出来事などを紹介しています

日本のウルシ文化は何処へ

 6月30日から4日間、青森県下北半島〜八戸と岩手県北部をぐるっと回ってきた。今回の旅のメインは下北半島。海岸線にニッコウキスゲやノハナショウブの花が咲き乱れ、ハイネズやガンコウランが地面を覆う光景は、それはそれで印象的だった。けれども、美しい自然の景色以上に心に残ったのは、雨中の最終日に訪れた国内有数のウルシ産地、岩手県浄法寺地区だった。

 何でもない写真に見えるけど、ここに写っている木はほとんどがウルシ。こんな林が道路の両側に延々と続き、その面積約30ha。日本最大のウルシ人工林だ。想像以上の光景に圧倒され、ワクワクした。樹齢15-20年のウルシの樹皮を削って漆を採り、採り終わるとすぐ伐採し、その切り株から若い芽をたくさん萌芽させる。そうしてこの林は更新されている。この時期は、ちょうどウルシの樹皮に傷をつけ始める季節だそうだ。

 かぶれやすい人にとっては恐怖の光景かも知れないけど、漆職人にとっては、“ウルシかぶれ”はかすり傷のようなものかも知れない。漆器直売所(滴生舎)で迎えてくれた職人さんは、「ウルシの樹液がつくとこうなるんですよ」と、腕をめくって蚊に刺されたような傷を見せてくれた。地元の天然温泉につかるとかぶれはよく治る、とも言っていた。

 漆生産の活気に溢れるこの浄法寺地区は、国産漆の約6割を生産しているという。しかし、しかしである。日本で消費される漆(生漆)の約99%は中国からの輸入品で、国内産は残りのわずか約1%。単純計算すると、日本における浄法寺地区のシェアは0.6%前後ということになる。漆職人は年々減少し、国などの援助を受けながら漆生産を行っているという。まあ、予想通りといえば予想通り。日本の伝統工芸産業や農林業分野の大半は、どこも人件費やコストの安い海外からの輸入品に席巻され、意気消沈だ。市場原理という無機質な仕組みの下で、今の日本人は車や電化製品にプライドは持てても、伝統文化へのプライドは忘れてしまったのだろうか。

 そんな自分も、本格的な漆器を意識して手に取ったのは初めてかも知れない。今まで使ってきた合成樹脂の器とは質感が全く異なる。ありきたりな表現だけど、カッコイイ。6000円する国産漆100%の浄法寺漆器を2客購入し、さっそく翌日の夕食に使った。600円の器の何倍か長持ちして、何倍か夕食が美味しくなるかも知れない。


【この日見た注目種】
ウルシ、ミズメ(赤い器の木地)、ケヤキ(黒い器の木地)