街森研究所

街や森で出会った木々や生き物、出来事などを紹介しています

ソテツ列島・沖縄


 ここは海を見下ろす断崖絶壁の岩場。夏は台風の暴風がたたきつけ、冬は強い北風が吹き続ける、そんな岩壁に力強く育つのが、野生のソテツ(蘇鉄)です。他の木が生育しにくい場所で、岩の隙間に根を伸ばすソテツは、樹高2〜5mほどになり、ほとんど枝分かれすることなく、幹の先に針状の葉を広げる姿が特徴です。このような場所は、時にソテツばかりの壮観な群生地となります。
 なぜソテツは、この厳しい環境で育つことができるのでしょう。それは、他の木々と違って、太く丈夫な幹をゆっくり伸ばすこと、葉も硬くて丈夫で、潮風の被害を受けにくいこと、そして、根に根粒(こんりゅう)と呼ばれる突起があり、藻類(そうるい)や細菌類が共生し、栄養となる窒素を吸収できることなどが考えられます。
 ソテツといえば、日本本土では品格の高い庭木や、学校や公園の記念樹としてよく植えられていますが、野生のソテツが見られるのは、九州南部〜沖縄、台湾、中国南部にかけての亜熱帯地方です。ある研究者は、琉球列島を「ソテツ列島」と名づけたほど沖縄にはソテツが多く、岩場のある海岸に行けば普通に出会えます。
 庭木としては本土ほど見かけませんが、世界遺産首里城今帰仁(なきじん)城跡、勝連(かつれん)城跡、中城(なかぐすく)城跡などには多く植えられており、城の石垣にへばりついたソテツが見られるのも、沖縄ならではの光景です。



 ソテツは一見ヤシに似ていますが、まったく分類の異なるソテツ科の裸子植物で、針葉樹にも広葉樹にも含まれない特殊な樹木です。雄株と雌株があり、雌株は秋に朱色の果実をつけます。この種子は有毒ですが、デンプンが含まれるため、戦時中など食糧不足の時代には、水に浸して発酵させてアクを抜き、救荒用によく食べられたようです。しかし、決して美味しいものではなく、中にはアク抜きが不十分で中毒死する人もいたといわれ、当時の苦境は「ソテツ地獄」と称されたといいます。逆にいえば、ソテツは南国の人々を救った貴重な存在ということですね。
 今となっては一般の人が食べる機会はなくなりましたが、奄美大島(あまみおおしま)や粟国島(あぐにじま)などでは、ソテツの種子を原料にした「蘇鉄味噌」が現在も製造・販売されています。



 ちなみに、私はまだソテツを食べていないのですが、移住後の一年間の沖縄生活で、ソテツを目にする機会が3度ありました。
 一つは、地域文化を伝える体験イベントや、保育園で先生たちが作ってくれたソテツの葉の虫かごです。ソテツの葉先は鋭く痛いので注意が必要ですが、ひと昔前までは子ども達が日常的に遊んでいたといわれ、プラスチック製に勝る格好良さがあります。
 二つ目は、旧盆に行われるエイサー祭りでのことです。旗頭(はたがしら)と呼ばれる背の高いのぼりが振られるのですが、その先端によく飾られていたのがソテツの葉でした。旗頭は地域のシンボルや守り神ともいわれ、ソテツが文化に根ざしていることがわかります。
 三つ目は、海岸を歩いていた時に拾ったソテツの種子です。沖縄では漂着物として多く打ち上げられ、時には関東地方まで流れ着くこともあるようです。こうして島々に分布を広げていったソテツは、気づかない所であなたの町にも流れ着いているかもしれません。



※この文章は、いけばな小原流の会員誌『挿花』で2015年1〜12月に掲載した連載記事「亜熱帯の森から」を一部修正したものです