街森研究所

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若狭湾の原発銀座ぶらりレポート

 原発先進県といえば福井県リアス式海岸が入り組む人口希薄な若狭湾一帯には、敦賀原発(2基)、美浜原発(3基)、高浜原発(4基)、大飯原発(4基)、それに新型転換炉ふげん(現在廃炉手続き中)、高速増殖炉もんじゅ(現在改造工事中)を合わせた計15基の原子炉が林立する。日本最大の原発密集地を訪れずして原発のことは語れまい、そんな思いから2日間ほど若狭湾をぶらり旅してきた。

 初日は肌寒い雨。最も西にある高浜原子力発電所高浜町)から訪れたのだが、まず写真の光景に衝撃を受けた。正面に見えるドーム型建物が高浜原発。その対岸では釣り人たちが悠然と釣り糸を垂らし、青く澄んだ海中にはコバルトブルーのソラスズメダイが乱舞している。周囲には漁船、レジャーボート、タンカー、養殖場なども多数見られ、ごくありふれた漁村の風景だ。その中に、至って自然に原子力発電所がたたずんでいる。こっちの人にとっては原発はこんなに身近なものなんだ・・・と、いきなりやられた感じだった。一つ明らかな違和感を感じたのは、海水に手を突っ込んだ時。27度前後はある! 私は熱帯魚飼育やダイビング経験があるので直感するのだが、この海域で沖縄の浅瀬並みの水温はあり得ない。これなら熱帯性の強いソラスズメダイも越冬するに違いない、と思ったら、やはり越冬しているようだ(資料→舞鶴水産実験所)。でも、ダイバーとしては透明度15mは超えるだろう、この暖かい海に潜ってみたいという率直な願望も湧く。

 その高浜原発の入口(通用門?)がこれだが、原発の入口ゲートというのはどこも物々しい雰囲気である。路上からカメラを向ける私に対して、管理室の職員らが一斉に視線を向け、警備員がゆっくり歩み寄ってきて、リモコン操作の防犯カメラは私を追いかける。アメリカの9.11テロ事件以降、日本の原発警備はずいぶん厳重になったそうだが、これではまるでテロリスト扱いだ。まあ、この2日間で5、6カ所も原発めぐりをすれば、この手厚い待遇にも慣れてくるものだ。警備の皆様、ご苦労様です。

 続いて向かったのは大飯原子力発電所おおい町)。ここは福井県内の原発では唯一、一般の道路から原発施設を目にすることがほとんどできない。このトンネルの向こうに入口ゲートがあるのだが、路面には「←原電所関係」と書かれている。そのまま突き進んでトンネルを出た後の駐車場でUターンすることも可能だが、テロリスト扱いされかねないので要注意である。ここを右折すると、大飯原発のPR館「エルパークおおい」があり、3分の1サイズの原子炉模型を見学できる。どこのPR館でも原子炉の模型はあるが、ここのは仕組みやスケールが実感できて分かりやすい。なお、若狭湾には4つも原発PR館があり、ちょっと多過ぎである。このうち2個ぐらいは一大消費地である大阪や京都に移設し、都市住民にPRした方がよいと思う。

 この日の最後は、福井県の機関である福井県原子力環境監視センターを訪れ、放射線の監視状況をお尋ねした。40年以上も前から環境モニタリングを行っている先進機関だが、過去のモニタリングデータの概要がHPに掲載されていないことや、原発がない地域の対照データが乏しいことなどを指摘すると、担当職員の一人は多少逆ギレした口調に変わった。福井県の職員と話しているはずなのに、なぜか電力会社の社員と話しているような気分だった。

 そうこうしているうちに日が暮れてしまった。今晩は美浜原子力発電所のある美浜市丹生(にゅう)地区の旅館に泊まろうと思っていたのだが、手当たり次第10軒ぐらい電話しても、どこも「今日は満室です」。金曜の夜とはいえ、釣り客でそこまで賑わうだろうか? と思っていたら、定食屋のおばちゃん曰く、「原発の下請け業者がいっぱい泊まってんのよ」。なるほどそういうことか。美浜原発3号機は現在定期点検中で、その作業員で地元の旅館や民宿は大繁盛していたようだ。地図を見ると、美浜原発の真向かいにキャンプ場があるようなので、もしかしてテントが張れるかもと思い、ダメもとで訪れてみた。その丹生白浜キャンプ場のロケーションがこれである。美浜原発との距離500m、しかも無料。ある意味日本一の絶景キャンプ場で、私は記念すべき一夜を過ごした。

 すっきり晴れた翌朝、丹生地区の港を訪れてみると、ここにも釣り人がたくさんいる。美浜原発のある入り江では、温排水を利用したマダイやハマチの養殖試験が行われており、丹生の集落も原発と1kmと離れておらず非常に近い。また、昨夜泊まったキャンプ場周辺は海水浴場になっており、暖かい温排水を堪能しながら海水浴を楽しめる。高浜原発もいいが、ここ美浜原発ほど原発を身近に感じられる場所はないだろう。私がもし電力会社の社員なら、全国の原発立地候補の住民に美浜原発を案内したい。地元住民の本当の心境は分からないけど、外面的には原発が何の問題もなく共存しているように写るからだ。

 さらにこの美浜原発の奥4kmの場所に、1995年のナトリウム漏れ事故で一躍有名になった「もんじゅ」がある。プルトニウムを用いた夢の発電方法を研究中の原子力発電所だが、事故以来ずっと停止中で実用化の目処は立たない。このもんじゅの立地は、まさに「地の果て」という表現がぴったりだ。長いトンネルを抜けた先、白木地区の小さな集落のさらに奥に、日本海の荒波と切り立つ崖のわきで狭苦しそうに建っている。原発適地の条件には「広い土地」という項目が挙げられるが、もんじゅの場合は真逆に見える。それに、こんな地の果てに建設されていると、何かよほどヤバイことやってる施設かと思われてしまう気がするが、余計な心配か。

 最後に訪れたのは、1969年に運転開始した国内2番目の商用炉(1番目は1966年茨城・東海原発)、日本原子力発電が運営する敦賀原子力発電所敦賀市)である。ここは、取水口と放水口が湾内の非常に近い位置にある不思議な構造で、両方とも間近で観察できるので見学にはいいかも知れない。放水口のすぐ横(下写真)では、ゴムボートに乗った釣り人が温水に群がる魚たちを狙っていた。PR館の「敦賀原子力館」を見た後、バスに乗って敦賀原発敷地内を20分間ほど見学させてもらった。10日前に住所氏名連絡先を添えて申し込み(私の場合は2日前に交渉して申し込み)、金属探知機を通ってから構内に入る仕組みで、見学中はずっとバスの中、撮影も一切禁止である。かつては建物内や中央制御室まで見学できたというが、テロ対策と言われてここまで厳重にされる理由は何だろう? この厳戒体制を見れば、やはり都会にはつくれないなと実感する。ちなみに、関西電力原発(高浜、大飯、美浜)は、関西在住の“原発推進団体”しか見学できないという理不尽なルールがあるので、関東に住む私個人の見学は不可能とされている。

 敦賀原発を見学し終えた後、PR館の綺麗なお姉さんにハイキングマップをもらい、敦賀半島の山に登ってきた。ヤマハギが花をつけ、ナツハゼがまっ赤に紅葉し始める。そんな当たり前の自然があり、原発もある。旅の途中、何人かの住民や釣り人に話を聞いたが、原発を否定する人には出会わなかった。「何ともないよ」というのが彼らの言葉であり、実際に原発銀座を訪れた私もその感覚は理解できなくもない。それでも、美浜で話したおばちゃんは、「まあ、何か(大事故が)あれば私らはおしまいだけどね」と笑顔で付け足した。ある種の覚悟か、あきらめか、そこに若狭の人たちのしたたかさを感じた。