街森研究所

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地震地帯;浜岡原発に見る光と陰

 今回は、我が家から最も近い原子力発電所を見学してきた。その距離約130km、静岡県御前崎市浜岡原子力発電所である。浜岡原発では敷地内への一般者の見学は受け付けておらず、ここでもやはり「テロ対策」。とにかく情報を隠すことが大切な世の中のようだ。勉強中のジャーナリストということで取材交渉し、11月25日に現地を訪れた。

 静岡県といえば東海地震震源域としてよく知られた地震地帯。何もそんな所に原発を建てなくても・・・という思いがあったので、率直に尋ねてみた。中部電力の場合、供給エリアである三重県から静岡県西部までほんとどが大地震の想定震源域に含まれることになり、「浜岡と同時期に進めていた三重県・芦浜(あしはま)原発が白紙撤回になったから、結果的にここだけになった」みたいな返答だった。名古屋や四日市がある伊勢湾は震源域から外れているので、そこに建設する計画はないのかと尋ねたが、「地盤の問題もあるので」とはぐらかされた。知多半島あたりは大消費地に近く、理想的な候補地になりそうなのだが、いかがだろうか?

 いずれにせよ、浜岡原発は大地震に遭う恐れが日本一高い原発として注目されている。周辺住民は地震による大事故の危険性を訴え、運転停止を求める裁判を今も続けている。これに対して、中部電力は2005年に耐震補強工事を決定し、全5号機のうち3-5号機の工事を今年完了した。補強工事の効果がはっきり見て取れるのは排気筒である。写真左端の1・2号機共用排気筒のように、浜岡原発の排気筒には支持鉄塔がなかったのだが、3、4、5号機の排気筒には鉄骨の支持鉄塔が設置された。右端の5号機排気筒では上部に支持鉄塔がないのは、他の排気筒よりもともと耐震性が高かったためだそう。また、停止中の1・2号機共用排気筒は、今後取り壊して建て替えられる予定である。これらの支持鉄塔、やけに図太くてなんとも頼もしいのだが、どうせならはじめから建設して欲しかったものだ。これまでの30数年間、東海地震が来なかったのはラッキーだった、とも解釈できる。

 日本における最悪の原発事故といえば、1999年の茨城県東海村JCO臨界事故。放射線被曝で2名が死亡、周辺500mの住民に避難勧告、10kmの住民に屋内退避勧告、換気装置停止呼びかけが出されたが、情報整理が不十分で周辺住民も被曝してしまった。この事故を教訓に全国の原子力施設周辺に設置されたのがオフサイトセンター(原子力防災センター)で、原子力災害時に国・都道府県・市町村が一堂に会し、情報交換や対策検討の拠点となる施設とされている。オフサイトセンターの設置は原子力施設から20km未満の場所とされているが、浜岡原発の場合はわずか2kmの場所に「静岡県原子力防災センター」(写真)がある。全国でも指折りの「原発に近いオフサイトセンター」だ。

 ここでまた素朴な疑問が浮かぶ。深刻な放射能漏れを伴う原発事故が起きた場合、果たしてこの近距離で緊急対策拠点が築けるのだろうか? JCO規模ならまだしも、周辺8kmの妊婦・幼児の避難勧告、16kmの住民の屋内退避が出されたアメリカ・スリーマイル島原発事故、周辺30kmが半永久居住禁止になっている旧ソ連チェルノブイリ原発事故のことを考えると、こんな至近距離でどれだけの職員が身を犠牲にして働いてくれるか心配である。2007年、新潟県柏崎刈羽原発中越沖地震で緊急停止した際には、放射能漏れが確認されなかったことからオフサイトセンターは使われなかった。オフサイトセンターは放射線が漏れ出たとの通報を受けた後に使われることになっており、放射線が漏れ出る恐れがある段階では使われないそうだ。それで、住民の安全と安心は得られるだろうか? 御前崎市原子力防災担当の職員にこの疑問をぶつけてみたが、「県に聞かないと分からない」「今そういうことを検討中」などと、曖昧な返答ばかりで頼もしい言葉は聞けなかった。

 と、ここまで負の側面を紹介したが、もちろんプラスの側面もある。それがこの送水管の行き先にある。浜岡原発では、大量に発生する温排水の一部(15,000t/日)を、隣接する静岡県温水利用研究センター(下写真)に直接送り、マダイやヒラメ、クエ、クルマエビ、ガザミ、アワビなどの養殖に取り組んでいる。中でも高級魚のクエは、2005年に全国で初めて完全養殖に成功し、御前崎市の料理組合に卸して「御前崎クエ」として名産品になりつつある(取り扱い点はこちら。私は浜岡原発すぐそばの「荒磯」に行った)。これこそエネルギー・資源の有効利用であり、原発温排水による海の温暖化も緩和するコジェネレーション御前崎に行くなら、この“原発生まれのクエ”を食べない手はない。こうした温排水利用が成り立つなら全国で見習うべきだし、農業用温室や地域暖房、温水プールなどにも大いに活用できるだろう。なお、ここで使われている温排水は、蒸気の冷却に使われる復水器の海水なので、トラブル等で放射性物質が混入する可能性はほとんどないそうだ。

 温排水の影響は、当然ながら原発周辺の海にも明確に表れる。温水利用研究センターを見学した後、夕闇の中を浜岡原発の放水口がある海岸に行ってみた。車を止めて晩秋の肌寒い海岸を数百m歩くと、「これより当社社有地につき立入禁止 中部電力株式会社」という看板と柵が立ちはだかった(下写真)。頭上には監視カメラが設置され、なぜかスピーカーもある物々しい雰囲気。不思議とすき間だらけのその柵を、釣り人らは平然とくぐり抜けてスタスタ入ってゆく。海岸は誰の所有地でもないはずだ。私も勇気を出して中に入ってみた。

 もわーっと、暖かい空気。これぞ毎秒80tも放出される温排水(海水より7、8度高い)の影響だ。南方系の魚が群がれば、それを求めて放水口の柵のそばに釣り人も群がり、ヘッドライトや夜光ウキの光がホタルのようにちらつく(下写真)。沖合約600mの場所で光っているのは、地下トンネルで繋がっている取水口のランプだ。釣り人に話しかけてみると、ブラジル人が多くて驚いた。その親分肌で、もう15年もここで釣りをしているという日本人のおじさんに話を聞くと、ここは南方系の大型魚であるロウニンアジやギンガメアジなどのヒラアジ類、それにツバメコノシロなどがバンバン釣れ、最高に面白いという。この魚を食べることに不安はないかと尋ねると、「ここの魚が本当に危ないなら、原発なんてやっていけるはずがない」とのことだ。

 海が暖かいと好都合な釣り人やサーファーが多数集まることから、かつては中部電力も観光バスの見物客らにこの海岸を見せ、地域貢献をアピールしていたという。しかし、トラブルで浜岡原発の全ての原子炉が停止した時は、これら南方系の魚が死に絶え、6km離れた御前崎の先端に多数打ち上がったそうだ。また、一時期は中部電力が放水口周辺の海岸をすべて立入禁止にしたことがあり、釣り人らと衝突した時期があったという。結局は地元とのトラブルを恐れた中部電力側が折れ、再び開放されたのだが、あの看板やスピーカーはその当時の“ケンカ”の名残という訳だ。

 良くも悪くも、人も自然も原発に大きく左右されるのが、原発の町の宿命なのだろう。そう感じさせられた充実の浜岡訪問であった。

追記
この訪問から約20日後の2008年12月13日、中部電力浜岡原発1・2号機を廃炉にし新たに6号機の建設を検討していることが報道されました。即ち、1・2号機の共用排気塔は建て替えられることなく取り壊されることになります。なお、11月25日の段階で私が広報部に原子炉の新設の可能性を尋ねた時は、「そんなスペースはない」との回答でした。実際には、浜岡原発の東に隣接する土地が6号機の用地として検討されているようです。