街森研究所

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祝島の停電で知る電気のありがたみ?

 山口県大分県の海を挟んで、4年に1度行われる神舞(かんまい)というお祭りに行ってきた。約1120年前、大分県宮司が嵐にあって山口県上関町の祝島に漂着した際、助けてもらったお礼に作物の種を渡し、その作物によって祝島の農耕が発達し豊かになったという伝承に始まる、歴史ある祭りである。もともと観光向けの祭りではないこともあり、地元の近所でありながら一度も訪れたことがなかった。

 大分から神様を乗せた船が近づくと、祝島の漁船は数十隻の船団を組んで迎え入れる。2隻の櫂伝馬(かいでんま)の船上では、はちまき姿の若者たちが掛け声と共に船を漕ぎ、その前後には化粧をまとった踊り子が舞う。派手さはないが、その独特の神聖な雰囲気に胸が熱くなった。船団の背後には、祝島が島をあげて反対し続けている上関原発の建設予定地が見えるのだが、あまりにかけ離れたその時代観に、違和感を感じずにはいられない。途中、雷が鳴って雨が落ち始め、見物客はぞろぞろと移動し始めた。天の神様は、何に怒ったのか。

 前日の夜、祝島の人らと庭先で盃を交わしていたとき、ぶら下げていた裸電球が音もなく消えた。停電だった。神舞の時期、祝島は帰省客でごった返し、人口はふだんの5倍とか10倍にもなると言われる。都会から帰ってきた人らが一斉にエアコンとテレビをつけ、停電してしまったのだろうか? それとも電力会社の嫌がらせ? そんなジョークに笑いながら、島の人は蔵の奥から灯篭を取り出してきた。停電のおかげで、明るい月が空高く上っていることにも気づいた。心地よい夜風の中、やさしい月明かりとロウソクのゆらぎに包まれて、宴会は不自由なく夜遅くまで続いた。

 結局、停電は6時間近くも続いたのだが、この間、島にいた人たちは何を考えただろうか? 電気のありがたみを痛いほど知った? 日ごろ必要以上に電気を使っていることを実感した? 停電が珍しくなった便利な世の中だからこそ、停電が考えさせてくれる意義は大きい。食べ物でも資源でも同じ。無限の便利さの裏側には何があるのか。そこに思いをはせる思考力を失うことは、人と地球が生きていく力を失うことを意味する。

(※中国電力によると、停電の原因は長島の電柱を通る高圧線の損傷で、損傷の理由は落雷の可能性があるが詳細不明とのこと。)