街森研究所

街や森で出会った木々や生き物、出来事などを紹介しています

至近距離でクマに遭遇する;広島・島根県境の天狗石山


(クマ出没のシーンを実際の距離で筆者が再現)


 秋分の日の三連休。樹木取材と1歳半になった息子の初登山を兼ねて、妻と母と共に広島・島根県境の天狗石山(標高1191m)に登ることにした。出発が遅れたのと渋滞もあって、標高800mの登山口に着いたのは午後1時過ぎ。登山としてはかなり遅い時間だが、野生動物との遭遇を歓迎する僕にとって悪い時間ではない。そしてこの出発の遅れが、本当に記念すべき出会いのきっかけとなった。

 息子をベビーキャリアに乗せたり、抱っこしたり、歩かせたりしながら、ようやく標高1000m付近に着いたは14時半ごろ。明るい稜線に腰を下ろし、おはぎを食べながら休憩していた時のことだ。ブナ・ミズナラ林内にササが茂る北斜面の下方から、ガサ、ゴソ…と何かの足音がゆっくり近づいてくる。そのリズム、重量感、時間帯からして、9割方人間だろうと思った。僕より登山経験が豊富な母もそう思った。キノコ採り? コースを外れた登山者? 一体誰が出てくるのかと、4人で物音の方向を注視していたら、約7m先のササ藪から、のそっと顔を出したのは、真っ黒で艶やかな毛に覆われた獣。イノシシ⁉ カモシカ⁉ いや、ツキノワグマだ‼

 少し小さい。若い個体だろうか。緊張が走ると同時に興奮する。妻が手にしていたおはぎを狙われないかと不安がよぎるが、写真を撮りたい願望の方が強い。一人だけ立っていた僕は、顔を見合わせた妻に「そのままでいい。ゆっくり」と声を掛け、地面に置いたカメラに手を伸ばそうとする。その瞬間、クマがこちらを視線をやり我々に気づくと、驚いた様子で即座に反転し、一目散に元の茂みに戻っていった。ホッと緊張が解けるが、まだ数十m下の茂みでガサゴソしているので、こちらの存在をアピールするため、大きめの声で会話を始めた。

 いやぁ、これほど至近距離で野生のクマに遭遇したのは初めて。クマ遭遇は3度目だけど、1度目は尾瀬ヶ原で約100mの距離(写真)、2度目は山口県羅漢山で車を運転中だったので、緊張はなかった。今回は明るい日中で、4人でおしゃべりしていたのに、熊の方から近づいてきたのは、若くて経験の少ない個体だったせいか。

 もしこっちに向かってきたら、と考えると、子どもを守ることを第一に考えるべきだったと反省したが、正直、こんなに近くで出会えてラッキーだ。写真は撮れなかったけど、はっきり見えたクマのつぶらな瞳は、優しく、あどけなさを感じた。何かと恐怖の対象として見られがちなクマだが、広島・島根・山口にまたがる西中国山地では、推定900頭前後のツキノワグマが生息するとされる一方で、多い年には200頭を越すクマが“害獣”として殺処分され、絶滅の危機に瀕している。怖いのはむしろ人間の方だ。

 ともあれ、今日は山に来てよかった♪( ´▽`) 母は約20年の登山歴で初めてのクマ遭遇。まだ数回しか山登りをしていない妻は、もちろん初めての遭遇で「死を覚悟した」らしい。息子は人生初の登山でいきなり「森のクマさん」に出会い、きょとんとしていた強運・強心臓の持ち主。将来が楽しみだ。



(急斜面を登る筆者と息子。それを見守る母。妻撮影)

【今日見た注目種】
オオヤマレンゲ、キンキヒョウタンボク、アラゲナツハゼ、アカイタヤ、アサノハカエデ、クロマツ(植林跡?)、チャボガヤ、ツルシキミ実、ハスノハイチゴ、コバノフユイチゴ実、アカモノ、マツムシソウ花(草)、ツキノワグマ(獣)